巻頭言 Foreword

「電場で粒子の運動を制御すること」

 電場で粒子の運動を制御する技術は,さまざまな分野で利用されている。
粉体の分野においてもナノ粒子のハンドリング技術として今後注目されるであろうこの技術を,いくつかの応用例を紹介しながら概観してみたい。
 物質の特性を評価するとき,外場を印加してその応答を観測する方法は,多くの分析装置の基本原理である。外場による物質内の遥動は避けられないので, データの解析には注意を要するが,場に対する遥動は場の種類によってさまざまな次元やサイズで起こる。別の言い方をすればサイズによって応答は異なってくる。 例えばシングルナノ粒子では統計力学的に「少数多体系」であり,粒子にエネルギーを与えるとその揺らぎは大きく,時には粒子全体に広がり, 時には粒子を構成する数個の原子に集中する。それにともない粒子の形態が変化し,一つに定まらないこともある。このような形態変化を化学反応に利用しようと研究も進んでいる。 我々の身近なところでも外力からの揺動に対する応答は当たり前のように行われ,それによって我々は情報を得ている。人間関係もそれによって構築されるのであろう。
 外場として電場を考えた場合,古くから利用され,また現在においても最先端の技術に間々お目見えする。 近年,幅広い分野で利用されている粒子加速器も,もともとは荷電粒子を加速させるために電場を利用していた。日本にある有名な加速器は,つくばのKEKや播磨のSPring8などにある。 これらの加速器は,荷電粒子の軌道をできるだけ長く取るため,現在の主流は磁場を利用したシンクロトロンであるが,場を利用した粒子の運動制御技術の最たるものである。 2002年から陽子シンクロトロンでニュートリノの研究が始まっているようである。つくばで作ったニュートリノを神岡で観測するシステムである。 加速器を用いた素粒子の研究は,小柴先生のノーベル賞受賞を契機にさらに進んでいるだろう。
 電場を利用した代表的な分析方法として質量分析が挙げられるだろう。この方法では有機化合物の分子量を精密に測定できることが特徴であり, 極めて微量な物質を検出できる。測定原理は,測定物質をイオン化(帯電)し,静電気力によって真空装置内を飛行させ,物質を電場や磁場によって分離し, 検出することでスペクトルを得る。この測定においてイオン化技術が非常に重要で,その開発に寄与した田中氏らがノーベル賞を受賞したことは,よく知られているだろう。 彼らの開発した技術により,これまで低分子が主であった対象を,たんぱく質などの生体高分子にまで適用範囲を広げたのである。また液相を用いた評価では, 溶液中に電場を印加することで荷電物質の移動を誘発し,分析を行う方法もある。等電点電気泳動法も生体分子の分析法として広く利用されている。 荷電物質は,その荷電と反対の極に向かって移動し,溶液が持つpH勾配によって荷電が0となる場所で停止し,この位置の違いによって分析する。 他にも液相における電場を用いた技術は,粒子集積化にも利用されておりこれに関しては粉体工学会誌 Vol.45, No.3 (2008)の夏期シンポジウム特集号を参照されたい。 この技術は新規材料作製のためのボトムアップテクノロジーとして期待されている。
 電場による粒子制御を積極的に利用した応用例として電子写真や静電粉体塗装が挙げられるだろう。 電子写真は,着色した帯電微粒子(トナー)を利用した情報の可視化技術であり,複写機,プリンタならびにファクシミリなどの情報機器に広く採用されている。 この電子写真方式は帯電,現像などのプロセスから構成されており,高画質化,高速化,小型化が求められている。 現像プロセスでは,トナーを適切に帯電させ,トナーとは逆極性に帯電した感光体上の静電潜像を静電気力により現像して可視像を得る。 つまり,トナーの挙動を静電気力によって制御しているため,その最適な帯電設計が必要不可欠でり,現在盛んに研究が進められている。 以上のように,基礎科学的な研究から我々の身近な工業製品にいたるまで,場による粒子制御技術は大いに活躍しているのである。
 次号は,「静電気を利用した粒子技術の新展開−粒子の荷電・除電から帯電粒子の特性評価,運動制御,計測まで−」と題して行われる, 第43回技術討論会の特集号である。来る6月10日(火),11日(水) アルカディア市ヶ谷(私学会館)で行われる。 静電気を利用した粒子技術をメインテーマとし,その基礎から応用まで広く議論を行う。是非ともご参加頂き,楽しんでいただきたい。

粉体工学会誌 45巻 5号 白川 善幸