物理化学1(化学工学)

 

Problem5.31 解説

1.問題の概要

 問題5.31は熱エネルギーの有効利用に関する問題である。我々の生活における省エネルギーとも密接に関係しているので、よく理解してほしい。

 暖炉で燃料を燃やして、家の中の温度を295K(22℃)に保つのに1000kJの熱が必要であるとする。この1000kJの熱は暖炉で燃料(薪・石炭など)の燃焼熱である。熱が燃焼熱かどうかというのは特に関係はないが、とにかく暖炉を使う場合には1000kJ分のエネルギー資源を投入する必要があるということになる。

 この問題では、暖炉・屋内と外気をそれぞれ、810K(537℃), 295K, 265(−8℃)の熱源として熱機関を動作させて、暖房を行うことを考える。このとき、暖炉から供給すべき熱量(すなわち燃料の量)の最小値をもとめる。


2.解答

 3つの熱源を間で動作する熱機関の組み合わせは数種類あるが、現実的なものとして、暖炉と外気、屋内と外気の2つの熱機関の組み合わせとする。その概念図を示す。


暖炉と外気を熱源とする熱機関C1で生成させた|W|の仕事を、屋内と外気を熱源とする熱機関C2に投入して逆サイクルを動かす。この問題は投入すべきエネルギーの最小値を求めるものなので、最も効率のよい熱機関であるカルノーエンジンを用いて計算をおこなう。カルノーエンジンは可逆サイクルであるので、逆向きのサイクル(仕事を投入することで低温から高温へ熱をくみ上げる。すなわちヒートポンプ)も同様に動作する。設定条件は、屋内に供給する熱量すなわち|Q|=1000kJである。また、最小にすべき暖炉からの熱量を|QF|、熱機関C1 から外気へ放出する熱量を|QC|、熱機関C2が外気からくみ上げる熱量を|QS|とする。両機関ともカルノーエンジンとしたとき、それぞれの熱効率は熱源の温度のみで決定できるので、

  |QF|/|QC|=810/265,   |Q|/|QS|=295/265

という関係が成立する。また、3つの熱源の間でエネルギーバランスが成立しているので、|QF|ー|QC|=|Q|ー|QS|となる。

これより、

  |QF|ー|QC|=|QF|(1−265/810)

     =|Q|ー|QS|= |Q|(1−265/295)=1000 (1−265/295)

  |QF|=1000 (1−265/295)/(1−265/810)=151.1 kJ

解答 151.1 kJ


となる。結局暖炉から屋内に直接熱を供給した場合の15%程度の燃料で屋内に1000kJの熱を供給できる。エネルギーの内訳を計算すると、

  |QC|=49.5 kJ, |QS|=898.3kJ, |W|=101.7 kJ

となり、燃料よりも外気から大量の熱を屋内に供給していることが分かる。



3.補足1

 この問題はエアコンとストーブ(石油・ガス・電気)の比較と考えると非常におもしろい。エアコンの場合は|W|を電気により供給しているが、この問題では101.7kJの電気を供給することで屋内に1000kJの熱を供給できることになる。この電力消費量と供給熱量の比をCOP(Coefficient  Of Performance)と呼び、各メーカのエアコンのカタログにも記載されているので、見ておくとよい。上記の例ではCOPは10近いが、現在市販されているエアコンは5〜6程度である。この理由としては、理想的な可逆サイクルでないことや、 実際のエアコン内は室温より高い温度にする必要があるので、逆カルノーサイクルにおける熱供給効率が悪くなること、他にエネルギーのロス(外気の温度を保つためや熱交換の効率を上げるためにファンを回すためのエネルギー等)がある。

 この問題のシステムに最も近いのは○○ヒーポン(ガスヒートポンプ)である。これは都市ガスを燃料としてガスエンジンを動作させて、外気から熱をくみ上げるシステムである。これらのヒートポンプはストーブによる暖房と比較してエネルギー効率は高い。しかし、電気は燃料の燃焼による発電をおこなっているのため、発電効率を40%とすると少なくともCOPは2.5以上ないとエネルギーとしても無駄になる。また、灯油は電気よりも安価であるため、暖房費を考えた場合は、エアコンが有利とは言えない。

 電気は直接仕事に変換できるので、非常に有用なエネルギーである。逆カルノーサイクルの問題から、わずかな仕事で大量の熱(を生み出す・・・・というのは熱力学第一法則に反する。)をほぼ無限の外気・海水からくみ上げることができることがわかる。したがって、同じ値の仕事量は熱量はとエネルギー量としては値が等しいが、その有用性は格段に仕事の方が高いということを理解してほしい。また、省エネルギーの観点から使用してはいけないのは、発電時に既にエネルギーロスがある電気をそのまま熱に利用する電気ストーブ(セラミックヒーター等)であるといえる。しかし、これは暖房による熱供給量が同じ場合であり、部屋全体の暖房を止め、局所的な加熱(足下ヒーターやこたつ)のみを行うことにすれば、より省エネルギーになるケースもある。興味のあるものは家にある暖房器具について、効率(COP)や加熱量を調べて、”もっともエコな生活”をするにはどうすればよいか考えてみるとよい。


※電気代が高いというのもあるが、灯油は原油からガソリン等を精製した時に同時に生成し用途が限られるため、需要と供給のバランスから価格が低く抑えられている。



4.補足2

 この問題は、暖炉と室内、室内と外気を熱源とした2つのカルノーエンジンを考えても、同じ解答が得られる。このことからも、カルノーエンジンの効率は熱源の温度のみで決定され、プロセスを問わないことが示唆されている。

 また、上記や講義での説明ではカルノーエンジンおよび逆カルノーエンジンの理解のため、カルノーエンジンを用いたシステムを仮定して解答しているが、昨年の基礎物理化学で学んだエントロピーとエントロピーを用いて記述する第2法則「系とその外界のエントロピーの総和は増大する」を用いると、より簡単に解くことができる。

 すなわち、エントロピー変化ΔSt

 ΔStQ/T  

  Qは熱源の正味の熱吸収量(吸熱量ー放熱量)、Tは熱源温度[K])

で計算することができ、暖炉、屋内、外気の熱吸収量をそれぞれ、QF, Q, Qσ [kJ] とすると、

 暖炉のエントロピー変化=QF/810 kJ/K

 屋内のエントロピー変化=Q/295=1000/295 kJ/K

 外気のエントロピー変化=Qσ/265 kJ/K

となる。なお、Qは吸収する場合は正の値とし、放出する場合は負の値とする。システム全体としては仕事を行わず(ΣW=0)、内部エネルギーの変化がない(ΣU=0)ので、熱力学第一法則よりΣQ=0である(上図でも2つのエンジン間で仕事のやりとりはあるが、熱源とエンジンの外部に対して熱や仕事の出入りはない。もちろん、熱源は温度・圧力が一定なので内部エネルギーの変化はない)。これより、

  QFQQσ=0 → Qσ=− (QFQ)=− (QF+1000)

となる。熱力学第2法則より、暖炉、屋内、外気のエントロピーの総和が必ず正の値になるので、

   ΣΔStQF/810+1000/295+Qσ/265

     =QF/810+1000/295−(QF+1000)/265

     =QF×(1/810−1/265)+1000(1/295−1/265) >0

である。この不等式を解くと、QF<−151.1 kJ が得られる。熱は放出する場合に負の値をとるので、暖炉からの供給熱量の最小値は|QF|min=151.1 kJとなる。

 上の図のような熱機関を想定した場合も、各熱源のエントロピー変化の総和を考えると、

   ΣΔSt=−|QF|/810+|Q|/295+(|QC|−|QS|)/265

     =−|QF|/810+1000/295+(|QF|−1000)/265 >0  

   (全体のエネルギーバランスより|QC|ー|QS|=|QF|ー|Q|となる。)

より|QF|>151.1 kJが得られる。

 先の解答では「カルノーエンジンが最も効率がよいから|QF|が最小になるはず」として|QF|を計算したが、熱力学第2法則から直接同じ解答が得られることがわかる。


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