物理化学1(化学工学)

 

Problem3.10 解説

1.問題の概要 

  問題3.10は理想気体について定圧過程、定容過程、等温過程、断熱過程等の過程を経て状態1から状態2に可逆的に変化するときの、熱量、仕事量、内部エネルギー変化、エンタルピー変化量を計算する問題である。内部エネルギーやエンタルピーなどの状態量は経路によらず最終的な状態で決まるが、仕事および熱量は経路によって変化することを理解すること。


  状態1: V1t = 12m3, P1 = 1bar = 100kPa , T1 [K]

  状態2: V2t = 1m3, P2 = 12bar = 1200kPa, T2 [K]


2.解答

 理想気体の状態方程式から状態1と状態2の温度は等しくなる。理想気体の内部エネルギーとエンタルピーは温度のみ関数である(ジュールの法則)ので、状態1から状態2への変化において、内部エネルギー、エンタルピーは変化しない(T2=T1)。これより、問題(a)~(e)全てにおいて、ΔUt Ht = 0 kJ となる。しかし、状態変化において系が得た熱量Qや系が外部からなされた仕事量Wは状態変化の過程により異なる。ただし、 熱力学第一法則より ΔUt =0では Q =-Wの関係が成立するので、QあるいはWのどちらか一方のみを計算すればよい。

 

(a) 等温圧縮過程

 可逆過程において体積がdVtだけ変化したとき、系がなされる仕事は

     dW =-PdVt

であるので、状態1から状態2へ等温過程で変化したときの仕事量は

    Wa =∫-PdVt = -nRT1ln(V2t /V1t )

     =-P1V1t ln(1/12) = 2.982×103 kJ

    Qa = -Wa = -2.982×103 kJ

体積が減少しているので、系がされる仕事量は正の値となる。また、系が得た熱量が負となるので、系は外部に熱を放出している。



(b) 断熱(圧縮)過程+定圧(冷却)過程

 断熱過程で圧力を12barまで増加させた(step1b)後に定圧過程で体積を1m3まで圧縮する(step2b)。

各stepごとに計算を行う。


Step 1b: V1t=12m3, P1=100kPa, T1 [K] → V1bt [m3], P2=1200kPa, T1b[K]


まず、step1b後の体積V1btと温度T1bを計算する。教科書の式3.30より、

    

となる。なお、問題文にCP=5R/2, CV=3R/2(単原子分子気体の熱容量)が与えられている。

断熱過程ではQ=0なので、第1法則よりstep1bでの仕事量は、内部エネルギーの変化量に等しい。すなわち、

    Wb1Ut=nCvΔT=nCv(T1’-T1)=n(3R/2)T1(2.702-1)=1.702(3/2)nRT1 となる。ここで、nRT1=P1V1t より、Wb1= 3.063×103 kJ


step 2b: V1bt=2.702m3, P=1200kPa, T1b [K] = 2.702T1 [K]

               → V2t=12 m3, P2=1200kPa, T1 [K]

step2bは定圧過程であるので、仕事量は

Wb2  =-PΔVt =-P2(V2t V1bt)

              = 2.042×103 kJ

となる。

これより、全過程における仕事量は

  Wb = Wb1 +Wb2= 5.105×103 kJ

である。また、熱量はQ =-W より

  Qb=-5.105×103 kJ





(c) 断熱(圧縮)過程+定容(冷却)過程

  断熱過程で体積を1m3まで圧縮した(step1c)後に定容過程で圧力を12 barまで減少させる(step2c)。(b)と同様に各stepごとに計算を行う。


Step 1c: V1t=12m3, P1= 100kPa, T1 [K]  → V2t =1m3, P1c [kPa] , T1c [K]


まず、step1c後の圧力 P1c , 温度 T1c を計算する。教科書の式3.30より、

    

となる。断熱過程ではQ=0なので、第1法則よりstep1cでの仕事量は、内部エネルギーの変化量に等しい。すなわち、

    Wc1Ut=nCvΔT=nCv(T1cT1)=n(3R/2)T1(5.241-1)=4.241(3/2)nRT1 となる。ここで、nRT1=P1V1t より、Wc1= 7.635×103 kJ


step 2c: V2t=12 m3, P1c = 6.290×103 kPa, T1c [K] =5.241T1 [K]

      → V2t=12 m3, P2=1200kPa, T1[K]

step2は定容過程であるので、仕事量は0である。

これより、全過程における仕事量は 

  Wc=Wc1=7.635×103 kJ である。

また、Q =-Wより、

  Qc =-7.635×103 kJ







(d) 定容(加熱)過程+定圧(冷却)過程

 定容過程で圧力を12barまで増加させた(step1)後に定圧過程で体積を1m3まで圧縮する(step2)。


step 1d:V1t=12m3, P1=100kPa, T1[K]

                 →V1t=12m3, P2=1200kPa, T1d[K]

  step1dは定容過程であるので、仕事量Wd1=0である。また、step1d後の温度は理想気体の状態方程式より、 T1d=T1×P2/P1=12T1 [K]


step 2d: V1t=12m3, P=1200kPa, T1d [K] = 12T1 [K]

               → V2t=12 m3, P2=1200kPa, T1 [K]

  step2dは定圧過程であるので、仕事量は

Wd2 =-PΔVt =-P2(V2t V1t)

             = 1.320×104 kJ

となる。

これより、全過程における仕事量は

  Wd = Wd2= 1.320×104 kJ

である。また、熱量はQ =-W より

  Qd=-1.320×104 kJ





(e) 定圧(冷却)過程+定容(加熱)過程

定圧過程で体積を1m3まで圧縮した(step1e)後に定容過程で圧力を12barまで圧縮する(step2e)。


step 1e:V1t=12m3, P1=100kPa, T1[K] → Vt=1m3, P1=100kPa, T1e[K]

step1eの定圧過程での仕事量は

     We1 =-P1ΔVt =-P1(V2t V1t) = 1.100×103 kJ

となる。また、step1e後の温度T1eは理想気体の状態方程式より、

     T1e=T1× V2t/V1t=T1/12 [K]


step 2e: Vt=1m3, P1=100kPa, T1e=T1/12 [K]

          → V2t=1m3, P2=1200kPa, T1 [K]

step2eは定容過程であるので、

仕事量 We2 =0である。

これより全過程での仕事量は

     We = We1= 1.100×103 kJ

である。また、熱量はQ =-W より

     Qe=-1.100×103 kJ






3.講評

 理想気体を用いたプロセスの仕事と熱を計算する基礎的な問題である。ほとんどの学生が正しく解答できていない。また、熱量を計算する式にQ=CvΔTあるいはQ=CPΔTを用いている解答も多かった。言うまでもなく、これは1mol当たりの熱量である。この問題では温度と物質量は与えられていないので、そのまま式を適用しても正しい結果は得られない。nおよびTは不明だがnT=PV/Rは与えられているのでこれを用いて計算すればよい。

 まだ単位を記載せ
ずに数値のみを答えとしているレポートも見受けられる。採点が楽なのは助かるが、小学生でも習う基本中の基本なので気をつけてもらいたい。

 (a)~(e)全てを比較した図を右に示す。仕事量と熱量は状態量ではないため、過程によって値が変化することを明確に理解していただきたい。なお、(e)で仕事量を負とする解答も見られた。定圧で体積が1/12に減少するとき、温度も1/12となるところを12倍になるとしたためである。体積が減少する過程では、ほとんどの場合において仕事量は正の値となる(一旦体積が膨張した後に収縮するような過程を経れば、全体として仕事量が負となる場合もあるが、この問題では体積は(a)~(e)全て単純に減少している)ことをいつも念頭においておくこと。

 この問題では温度が変化しないため、計算が簡単になったが、温度が変化する場合の計算も同様である。


4.補足(単位について)

 1章においてSI単位について説明したが、熱力学で基本となる単位は距離[m]、質量[kg]、時間[s]、温度[K]、物質量[mol]の4つである。しかし、この4つだけで表すと数値の意味が分かりにくくなるため、力、圧力、仕事・熱のSI単位としてそれぞれ N(=kg・m/s2), Pa(=N/m2=kg/(m・s2)), J(=N・m=Pa・m3

=kg・m2/s2)が用いられる。ある一つの単位においてSI単位以外を用いたとき、計算結果もSI単位ではなくなるので、注意が必要である。例えば、この問題では圧力の単位にbarが使用されている。1barはほぼ大気圧に等しく(1atm=1.013bar)、 標準状態の圧力として用いられるため頻出するが、意味するところは10万Paである。したがって、1bar・m3は100kJを表す。かなりの学生が単位の換算で間違えているので、全ての単位をSIに変換してから計算を行うか、各計算の過程で単位を確実に押さえておいて最後にまとめて変換するように心がけてほしい。また、気体定数Rにも様々な単位があるが、解答に必要な単位に合わせて選択すること(数式の導出問題ではRのまま解答してもよいが、数値を答える問題では必ず単位付きの数値に変換しておくこと)。


種々の気体定数

  8.314 J/(mol・K), Pa・m3/(mol・K), kJ/(kmol・K), MPa・cm3/(mol・K)

      83.14 bar・cm3/(mol・K)

      0.08206 atm・L/(mol・K)

      82.06 atm・cm3/(mol・K)

      1.987 cal/(mol・K)

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