物理化学1(化学工学)

 

11/4宿題1 解説

1.問題

標準状態(1bar)において、温度の異なる水あるいは水蒸気を以下の比率で断熱混合する。混合後の温度を求めよ。

(問題は1atmであったが、この解答では1barとする。)

 ①10℃の水50gと80℃の水100g

 ②60℃の水100g,と110℃の水蒸気20g


熱容量が一定であれば、①は以下のように小学生でも何も考えずに解答できる。

(10×50+80×100)÷150=56.666・・・・・・・・≒56.67℃


しかし大学生であれば、定圧下でのエネルギーのバランス(エンタルピー保存)と熱容量が温度の関数であることを知った上で解答すべきである。

 ②については少し意地悪な問題である。操作の前後で相変化や反応が起きる場合のエンタルピーバランス、1成分・2相平衡系では自由度が1であることが理解できていないと正しく解答することはできない。


2.解答

①②とも断熱(Q=0)かつ仕事をしない(ーW=0)ので、混合前後のエンタルピーは変化しないとして計算を行えばよい。エンタルピーは状態関数であり、物質の種類や相、状態(温度や圧力)と物質量で決まる。また、その絶対量は必要なく、変化量が分かればよいので、物質のエンタルピーの基準をデータが充実している25℃における標準生成エンタルピーΔH°f298として計算をおこなう。すなわち、各物質・相についてエンタルピーを以下の式で計算する。

  

ここで、nは物質量[mol]、Cpは定圧熱容量である。上式は物質のエンタルピーを25℃における標準生成熱と25℃から所定の温度T[K]までの顕熱の和として計算することを意味している。なお、相変化や反応が起きない場合は顕熱だけを考えればよい。また、多種混合物の場合はそれぞれの物質についてエンタルピーを計算して足し合わせればよい。


※ これは理想気体(理想溶液)と見なせる場合や、同じ分子(相は異なってもよい)を扱う場合に成立する。 講義では説明を行わないが、同分子間の相互作用と異分子間の相互作用との差により、混合エンタルピーが生成する場合もある。理想溶液を含めて詳細は3回生前期の物理化学Ⅱで説明する。


①相変化・反応が起きないので、顕熱のみを考える。基準温度を25℃として、顕熱を教科書のTableC.3のパラメータを用いて計算する。

・10℃の水50gの顕熱



 気体定数を8.134 J・mol-1K-1とし、顕熱の単位をJとして計算している。これはTableC4に与えられている25℃における標準生成エンタルピーの単位がJであるので、これに合わせるためである。


・80℃の水100gの顕熱 

 同様に計算すると23098.11 Jとなる。


以上より混合前のエンタルピーHt1は -3135.96+23098.11= 19962.15 J


次に混合後のエンタルピーH2を計算する。混合後の温度をT[K]として同様の計算式に値を代入すると、


となる。ここで、ΔHt=Ht2Ht1=0となるようにTを求めると解答が得られる。3次方程式を解くか、283.15~353.15Kの間に解があるとして、化学工学計算機演習で行ったようなNewton法や2分法などの数値解法で求めるとよい。また、4.19のようにエクセルのゴールシークを使用してもよい。

  T=329.88K=56.73℃ 

(解答としては18232.9K, -8146.1Kも得られるが、解が10℃から80℃の範囲であることは明白である。また、TableCのパラメータで熱容量を計算できる温度の範囲も決まっているので、解がその範囲に入っていない場合は値を信用してはいけない。)


②水・水蒸気の2つの相があるため、それぞれの標準生成エンタルピーも考慮してエンタルピーを計算する。


・60℃の水100gのエンタルピー

 


・110℃の水蒸気20gのエンタルピー



以上より混合前のエンタルピーHt1は-1571941.7-265269.9=-1837211.6 J


次に混合後のエンタルピーを計算する。ここで問題となるのは混合後の相の状態であり、気体、液体および気液混合状態の3通りが考えられる。


(1)120gの水が生成するとしてエンタルピーを計算すると、

 

ΔHt=Ht2Ht1=0となるようにTを求めると、-8213.7K, 18200K, 429.9K(156.8℃)の3つの解が得られる。最も設定条件に近い解429.9Kを採用しても標準状態1barにおける水の沸点は372.78Kであるので、全て水になるという仮定が成立しない。また、60℃の水と110℃の水蒸気を混合して110℃以上になることはあり得ない。以上より水の均一相が生成するという仮定は成立しない。また、2分法により数値解を60~110℃の範囲で求めるた場合も、この範囲に解が存在しないことはすぐに判定できる。


(2)120gの水蒸気になると仮定して混合後のエンタルピーを計算する。

 

(1)と同様に温度を探索すると-1155.0K, -3635.2K, 3.97Kの解が得られるが、いずれも解としては不適であり、全て水蒸気となる仮定は成立しないことは明白である。


(1)(2)がともに成立しないことから、気液混合状態であることがわかる。そのときの温度は1barにおける沸点372.82K(99.67℃)である。1成分、気液2相平衡状態では自由度は1であるので、その圧力に応じた温度になる。

 ただし、一口に気液混合状態といっても気体(水蒸気)と液体(水)の量・比率により総エンタルピーは異なる。エンタルピーのバランスから水蒸気と水の量を求めることができる。

水の量がm[g]であるとき、気液混合状態(372.82K)における水のエンタルピーHlおよび水蒸気のエンタルピーHv



となり、混合後の総エンタルピーHt2は-2269.3m-1593975.6 [J]である。これがHt1と等しくなるので、m=107.2 gが求められる。以上より混合後は温度99.63℃で水が107.2g、水蒸気が12.8gの気液混合状態である。


3.講評

 ①について小学生のような答えが多数あった。面倒なのはわかるが、これくらいはきちんと計算してほしい。ただし、水の熱容量は温度によってさほど変化しないため、熱容量を一定としてもほぼ正しい温度が得られる。


4.補足

 今回は水の混合を例にエンタルピーの計算をおこなう演習を課したが、他の反応熱を求める問題、反応後の温度を求める問題でもやり方は同じである。すなわち、反応前後のエンタルピーを物質量と25℃の標準生成エンタルピーおよび25℃から所定の温度までの顕熱から求め、その差が断熱の場合は0、加熱をおこなった場合は加熱量、冷却したり放熱がある場合は冷却熱量、放熱量×(-1)となるように操作変数(温度、物質量、加熱量等)を求めればよい。なお、今回は水・水蒸気とも25℃の標準生成エンタルピーが分かっていたため、両相ともに25℃の標準生成エンタルピーと25℃から顕熱で計算した。しかし、物質によっては、沸点や融点における潜熱が与えられている場合が多い。例えば、液体の標準生成エンタルピーΔH°f298,lと沸点Tb[K]における蒸発エンタルピーがΔHlv(Tb)が分かっている物質について、気体のT[K]におけるエンタルピーは以下の式で計算できる。

 

ここで、Cp,lCp,vはそれぞれ液相、気相のモル定圧熱容量を表す。沸点までは液体の標準生成エンタルピーと顕熱からエンタルピーを計算し、沸点における蒸発エンタルピーと沸点から所定の温度までの気体の顕熱を加えればよい。反対に、気体の標準生成エンタルピーΔH°f298,vと温度Tb [K] における蒸発エンタルピーがΔHlv(Tb)が分かっている物質について液体のT[K](TTb)におけるエンタルピーの計算は以下の通りである。

 


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